2024年ノーベル生理学・医学賞を読み解く:小さな生物の中の小さなRNAの物語

2024年12月24日 公開

2024年のノーベル生理学・医学賞は、マイクロRNA(miRNA)という小さな分子を発見し、この分子が遺伝子の制御において極めて重要な役割を果たしていることを明らかにしたヴィクター・アンブロス教授(マサチューセッツ大学、アメリカ)とゲイリー・ラヴカン教授(ハーバード大学、アメリカ)の2名に贈られました。彼らの功績について、アンブロス教授とも親交があり、同様にmiRNAを研究している、医歯学総合研究科の淺原弘嗣教授に解説していただきます。

2024年のノーベル生理学・医学賞の受賞理由を教えて下さい

淺原 最初にRNA(リボ核酸)やDNA(デオキシリボ核酸)とは何かを簡単に説明しましょう。わたしたちの体は、心臓や皮膚、骨などの様々な組織からなりたっており、それらの組織は細胞の集まりです。細胞の核の中には、DNAと呼ばれる、タンパク質を合成するための遺伝情報があります。この遺伝情報は、核の中でメッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる分子に転写されて核の外に運ばれ、この遺伝情報をもとに、RNAによってタンパク質が合成されます。この一連の流れはセントラルドグマと呼ばれており、このステップを踏むことでDNAの中の遺伝情報が生命活動につながります。

DNA/RNAの研究には既にいくつものノーベル生理学・医学賞が贈られてきました。たとえば、DNAの二重らせん構造を発見したジェームズ・ワトソン氏、フランシス・クリック氏、モーリス・ウィルキンス氏の3名には1962年に、また、遺伝子発現[用語1]と調節のメカニズムを発見したフランソワ・ジャコブ氏とジャック・モノー氏の2名には1965年にノーベル生理学・医学賞が贈られました。

このように多くの発見がもたらされてきたので、DNAやRNAについてはほとんどのことが分かったかのように思われていましたが、1993年に面白いものが発見されました。

淺原弘嗣教授

それが、アンブロス先生らが小さな1mm程度の線虫という生物から見つけたマイクロRNA(miRNA)と呼ばれる分子です。そして、このmiRNAが、我々人類を含む多くの多細胞生物の中に存在し、遺伝子を制御して、細胞や組織が発生するタイミングを決めていることを突き止めたのです。

この発見により、生命科学だけでなく、医療分野においても革新が起こりました。その功績が認められ、ノーベル生理学・医学賞が授与されたのです。

「miRNA」の発見とその後の研究について詳しく教えて下さい

淺原 アンブロス先生とラブカン先生は、体長わずか1mmほどしかない線虫という小さな動物を使って、生物が受精卵から生体になるまでの過程を研究していました。まず、アンブロス先生が、線虫のlin-4[用語2]という遺伝子に着目し、1993年、lin-4から非常に小さなRNAが合成されることを発見しました。しかもそのRNAは、タンパク質になることはなく、RNAのまま一生を終える特殊なRNAであることを明らかにしました。そこで、この小さなRNAをマイクロRNA(miRNA)と名付けました。
一方、lin-4の役割を明らかにしたのが、ラブカン先生でした。ラブカン先生は、lin-4から合成されたmiRNAが、遺伝情報を転写したmRNAと結合することで、タンパク質の合成を抑制していることを突き止めたのです。

しかし、当時、この発見はあまり注目されませんでした。というのも、多くの研究者は、「線虫という虫には、特殊な働きをする小さなRNAがあるんだな」と受け止めたからです。

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淺原 ところが、2000年、ラブカン先生が、線虫で新たに発見されたlet-7[用語3]というmiRNAが、線虫だけでなく、人間を含む多くの多細胞生物の中にも存在し、遺伝子を制御して、細胞や組織が発生するタイミングを決めていることを明らかにしたのです。
この発見を機に、miRNAへの関心が一気に高まり、数年間で数百種類にも及ぶmiRNAが発見されました。そして、mRNAによる転写後のmiRNAの遺伝子の制御は、線虫などの小さな動物から哺乳類に至るまで、ずっと引き継がれてきたしくみであることが判明したのです。

非常に小さな線虫とRNAですが、「It’s NOT a small world!」と言いたいですね。私はこの小さなRNAが織りなす壮大な生命の歴史に大きなロマンを感じています。

淺原教授もmiRNAに関してさまざまな功績を残されていますよね

淺原 miRNAの発見により、生命科学だけでなく、医療分野においても大きな革新がありました。たとえば、我々の研究グループはイントロン[用語4]と呼ばれるmiRNAの140番に着目し、このmiRNAが、頭蓋骨の形成に極めて重要な役割を果たしていることを発見しました。さらに、このmiRNAが老化を抑える働きをもっていることも明らかにしました。

我々が現在目指しているのは、これらの成果をもとにした、miRNAの医療への応用です。miRNAを含む核酸を使った医薬品の研究開発は、現在、世界中で花盛りです。

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すでに多くの核酸医薬品が実用化されていますが、今後も、新たなmiRNAがさらに発見され、さまざまな核酸医薬品の開発が進められていくことでしょう。

東京科学大学では、我々の研究室を含め、多くの研究室が、miRNAの研究を進めています。興味のある方はぜひ我々の研究に参加していただきたいと願っています。

用語説明

[用語1]
遺伝子発現:DNAに書かれている「体の設計図」である遺伝情報を元に、各細胞にとって必要なタンパク質を作ること
[用語2]
lin-4: 線虫の成長や細胞の分化に異常が見られる突然変異を持つ遺伝子にlinという名前が使われます。lin-4は、このカテゴリで見つかった4番目の遺伝子という意味です。
[用語3]
let-7:「let」は「lethal(致死)」の略です。この遺伝子がうまく働かないと、線虫が成長の過程で死んでしまうことから名付けられました。let-7は、致死性突然変異を引き起こす遺伝子の中で7番目に見つかったものです。
[用語4]
イントロン:遺伝子の中には、たんぱく質を作るために必要なエキソンという部分と、そうではないイントロンという部分があります。イントロンは、たんぱく質を作るときにカットされて捨てられる部分です。

*本記事は、2024年11月20日(水)にオンライン開催されたScience Tokyoノーベル賞解説講演会の内容をもとに制作しています。

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