魚の厚い唇はどうやって生まれた?

2026年6月23日 公開

アフリカの湖で繰り返された「平行進化」の謎に迫る

どんな研究?

東アフリカのヴィクトリア湖、マラウイ湖、タンガニーカ湖には、それぞれ独自の進化を遂げた様々な種類の「シクリッド」と呼ばれる熱帯魚が暮らしています。このシクリッドの中にはゴツゴツとした岩場で餌を探すために、厚みのある唇を発達させた種類がいます。

厚い唇は、岩に口を押し当てたときの衝撃を和らげるクッションの役割を果たしていると考えられています。興味深いのは、3つの湖で別々に進化した魚たちが、まるで同じ答えにたどり着いたかのように、よく似た厚い唇を持つことです。このような現象は「平行進化」と呼ばれています。

唇の厚いシクリッド(写真提供:二階堂雅人教授)

これまでの研究では、唇の肥大化に関係しそうな遺伝子はいくつか見つかっていました。しかし、どのような仕組みで厚い唇がつくられるのか、その中心となるメカニズムはわかっていませんでした。

そこで東京科学大学(Science Tokyo)の二階堂雅人(にかいどう・まさと)教授らの研究チームは、三大湖すべてのシクリッドを対象に、組織の構造、タンパク質、遺伝子の働きを総合的に比較しました。異なる湖で進化した魚たちに本当に共通する仕組みがあるのかを確かめることが、この研究の大きな挑戦でした。

ここが重要

研究の結果、三大湖のシクリッドの厚い唇には、湖や進化の歴史の違いを超えて共通する特徴があることがわかりました。

まず、厚い唇は共通して二層構造になっていました。内側にはコラーゲンを多く含む層があり、その外側にはヒアルロン酸などに代表されるプロテオグリカンが豊富な層があります。厚い唇では、この水分を保持するプロテオグリカンを多く含む層が特に大きく発達していました。

さらに研究チームは、厚い唇には、プロテオグリカンと関わりの深い「バーシカン」や「ペリオスチン」と呼ばれるタンパク質がたくさん蓄積していることを突き止めました。

また、これらの物質の産生を促す「Wntシグナル」という分子経路が、三大湖のシクリッドで共通して活性化していることもわかりました。すなわち、このシグナルによって、プロテオグリカンが蓄積し厚い唇が形成されるという共通の分子メカニズムを初めて示したことになります。さらに、厚い唇をつくるための変化は成魚になってから始まるのではなく、稚魚の段階からすでに始まっていることも明らかになりました。

タンザニアの野外で、実際に捕獲した唇の厚いシクリッド(写真提供:二階堂研究室 待井長敏(まちい・ながとし)博士)

今後の展望

今回発見されたバーシカンやペリオスチンは、ヒトの皮膚にできるケロイドの形成にも関わることが知られています。ケロイドは傷が治る過程でコラーゲンなどの組織が過剰に増え、傷の範囲を超えて周囲まで盛り上がってしまう病気です。

シクリッドの厚い唇は病気ではありませんが、組織の中でプロテオグリカンが蓄積するという点では共通しています。そのため、魚の唇がどのような仕組みで形成されるのかを詳しく調べることで、ケロイドなどの疾患の理解につながる可能性があります。

また本研究は、多くの遺伝子が関わる複雑な形質がどのように進化するのかを理解するうえでも重要です。進化の歴史が異なる魚たちが、なぜ厚い唇という共通した「かたち」を繰り返し獲得したのかを解き明かす手がかりになると期待されています。

研究者のひとこと

みなさんが生き物について何となく知っていると感じていること多くは、実は分からないことだらけです。わたしは、生き物の「かたち」の多様性を生み出す進化の仕組みについて研究を続けてきました。そして多様性とは正反対の共通性をも生み出してしまう平行進化の仕組みにも興味があります。シクリッドでは、唇だけでなく体色や歯の形など、あらゆる「かたち」に平行進化が観察されます。東アフリカの湖に出かけ自分の手で捕まえたシクリッドを使って研究できるなんて、とても素晴らしい人生だと思います。

二階堂研究室では、今回紹介したシクリッドだけでなく、さまざまな魚を対象に進化の研究を進めています。長澤竜樹(ながさわ・たつき)助教による研究も紹介していますので、「魚の進化って面白い」と感じた方は、ぜひあわせて読んでみてください。

(二階堂雅人:東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授)

二階堂雅人教授

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