どんな研究?
火花は一瞬だけ光って姿を消してしまいます。分子の世界にも、反応のあいだの一瞬だけ現れてすぐに姿を変える粒子があります。それが「ラジカル」と呼ばれる反応性の高い分子です。ラジカルは電子のペアが崩れているため反応しやすく、ほかの分子と結びつく力が非常に強いという特徴があります。
このラジカルが大きな役割を果たす反応の一つが、古くから注目されてきたイソシアニドの反応です。イソシアニドは医療品の合成に使われる重要な分子で、複雑な構造をつくる際の出発物質として重宝されています。1990年代には、イソシアニドがラジカルを受け取り、イミドイルラジカルという途中段階を経て複雑な構造へ変化することが分かっていました。しかし、この中間体はあまりにも短命で、直接観察することはほとんど不可能でした。
しかし、この難関をすでにクリアしていたのが東京科学大学(Science Tokyo)の伊藤繁和(いとう・しげかず)准教授らの研究チームです。伊藤准教授らは、以前の研究で別のイソシアニド化合物を用いて、イミドイルラジカルがマイクロ秒(100万分の1秒)だけ現れることを観測していました。
ところが、予測と異なる現象に直面していました。理論的な計算では、イミドイルラジカルは不安定ですぐに次の構造に変化すると予測されていましたが、実際には予想より長く存在し、マイクロ秒の時間スケールで観測されていました。
そこで、研究チームは、分子の変化の過程をもっと詳しく観測しようと考え、工夫を重ねました。その結果、ミュオンという素粒子を使って、超高速で進む分子反応の手がかりをとらえることで、ついにナノ秒(10億分の1秒)という極限の時間スケールの反応を追跡することに成功しました。
ここが重要
研究チームの最大の成果は、イミドイルラジカルがナノ秒で一気に姿を変えるという理論予測を初めて実験で確かめ、その変化後に生じるキノキサリニルラジカルを世界で初めて直接観察したことです。
キノキサリニルラジカルは、不対電子が特定の軌道にあることで非常に反応性が高く、これまで知ることができなかった反応の実際の過程を明らかにしました。
また、溶液中と結晶状態の両方で性質を調べたところ、分子の周りの環境によってラジカルのふるまいが変わることが分かりました。これは、材料の設計や生体分子との反応を理解するうえで重要な知見です。
今後の展望
ラジカル反応の詳細が分かれば、医薬品や機能性材料をより効率的に設計できる可能性が高まります。また、今回のラジカルはDNAの構成成分とも反応することが知られているため、生命科学や医薬研究にも広く応用が期待されます。
目に見えないほど短い分子の一瞬をとらえたことは、化学だけでなく、生物学・材料科学の未来を切り開く基礎となります。
研究者のひとこと
理論と実験が噛み合わない違和感をチャンスと捉え、分子の設計から研究を新たに組み立てることにしました。今回、ナノ秒で進行するラジカルの化学反応を実際に観測することができたことで、謎が一つつながったように感じました。
(伊藤繁和:東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授)
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