代謝・内分泌のメカニズムから探る糖尿病治療の未来—山田哲也

好奇心を解き放つ!科学の扉

2026年4月13日 公開

血管内のイメージと山田哲也教授の画像

人間は、寒い場所に行っても体温が変わらないように、体内の環境を一定に保つことができる。神経からの信号や情報伝達物質が全身に指令を送り、血圧・体温・心拍数などの状態を細かく調整しているからで、この仕組みは恒常性(ホメオスタシス)と呼ばれる。調整の中心的な役割を果たすのが自律神経系と内分泌系だ。血液に乗って体中に運ばれたホルモンや体中に張り巡らされた自律神経が、各組織の機能をコントロールするシステムである。

内分泌系の働きの異常はさまざまな病気につながる。その代表が糖尿病だ。健康な人の場合、食後に血糖値が高まると膵臓からインスリンというホルモンが分泌される。インスリンが細胞のインスリン受容体と結びつくと、細胞は血液中の糖を取り込み、血糖値が一定に保たれる。しかしインスリンの働きに異常が生じると、細胞が糖を取り込めず血液中にたまり、体に必要なエネルギー(糖)が届かなくなる。その結果、栄養失調だけでなく、滞った糖により動脈硬化が進行し、心筋梗塞や脳梗塞といった合併症が引き起こされるのだ。

糖尿病には2つのタイプがある。1つは、膵臓がインスリンを分泌できなくなり引き起こされる「1型糖尿病」。何らかの理由で免疫系がインスリン分泌を担う細胞を攻撃、破壊することが原因で、若年層を含め幅広い世代で発症する。血糖値の急上昇や栄養不足による急激な体重減少、強い疲労感が主な症状だ。もう1つは「2型糖尿病」で、主な原因は肥満。脂肪の蓄積によって細胞のインスリン受容体の働きなどが低下し、細胞に血糖がうまく取り込まれなくなる。生活習慣や食生活の改善で治療が可能な「糖尿病予備群」の段階を経て、徐々に病状が進行していく。

日本では成人の6人に1人が糖尿病、もしくは糖尿病予備群と推定される。もはや「国民病」ともいえる病気に対し、臨床医、そして研究者として挑むのが山田哲也教授らの研究チームだ。臨床と研究の現場を行き来しながら、糖尿病治療と予防の可能性を追究している。未来につながる糖尿病研究について、山田教授に聞いた。

ピックアップ

  • 体のエネルギーとなる血糖(ブドウ糖)
    • 食事によって血液中に増えるエネルギー源。炭水化物が分解されたものが小腸で吸収され、血液中に流れ込む。
  • 糖尿病に深く関わるホルモン「インスリン」
    • 血糖値が高まると膵臓から分泌されるホルモン。血糖を細胞に受け渡すことで、血糖値を抑える。免疫の異常でインスリンが分泌されなかったり、肥満によって働きが弱まったりすると、血糖が血管内に滞り、動脈硬化などさまざまな疾患をもたらす。
  • 血管内から細胞へ糖の受け渡し
    • 細胞表面にある「インスリン受容体」というタンパク質にインスリンが結合することで、血糖が血管内から細胞へと取り込まれる。血糖値は下がり、細胞はエネルギーを得る。

“人体の生命維持のための仕組みは謎だらけだからこそ、面白い”

人物写真:山田哲也教授

糖尿病治療の1つはダイエット。ヒントは女性の代謝メカニズムにあった

糖尿病治療と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、薬や注射によるインスリンの投与でしょう。1型糖尿病のようにインスリンが不足している場合、2型糖尿病のように効き目が弱くなっている場合、いずれも血液中のインスリンを増やすことで血糖値を低下させることができます。さらに、肥満が主な原因となる2型糖尿病においては、ダイエットも非常に有効です。脂肪が減ることでインスリンの効き目が回復していくため、まずは生活習慣を見直すように患者さんに伝えています。ただ、ダイエットは一朝一夕で結果が出るものではありません。日々治療にあたる中で、より患者さんの負担が少なく肥満を軽減できないかと考えてきました。

食欲を抑えて体重減少および脂肪減少を図る医薬品はすでに販売されていますが、私たちは基礎代謝に注目しました。基礎代謝とは呼吸や体温維持といった生命維持のために必要なエネルギー消費量のこと。10代をピークに加齢とともに減少します。患者さんの基礎代謝を上げることができれば、同じ食事、運動量でもエネルギー消費が増え、肥満の解消につながると考えたのです。

基礎代謝のうちでも体温維持に大きく関わるものとして、褐色脂肪組織(BAT)があります。脂肪を燃やして体温を上昇させる働きをする組織で、脂肪燃焼の際にエネルギーを消費することから、肥満の予防や治療において注目されてきました。これまでの研究で言われていたのは、褐色脂肪組織の働きは男性よりも女性の方が活発で、カロリー消費量が高いということ。その理由を探れば代謝向上のヒントが見つかると考え、研究に乗り出しました。

男女間でのエネルギー消費量の違いは、エネルギーの源であるミトコンドリアが鍵を握っていた

褐色脂肪組織の中にはミトコンドリア[用語1]という細胞小器官が豊富に存在し、熱の産生を担っています。ミトコンドリアの活動はPGC-1αというタンパク質で制御されているのですが、メスとオスのマウスを見比べると、メスの方がPGC-1αが多く、ミトコンドリアが大きかったのです。さらに、PGC-1αの働きにも性差があることを発見しました。

PGC-1αを持たないメスとオスのマウスを用意し、ミトコンドリアの熱産生への影響を比較したところ、大きな変化が起きたのはメスだけでした。つまり、メスのPGC-1αのみがミトコンドリアの熱産生に影響していると分かりました。さらに研究を進めると、PGC-1αがミトコンドリアの熱産生の土台となる膜のリン脂質合成[用語2]を制御していること、女性ホルモンであるエストロゲンによってPGC-1αの機能が高められることが判明。これらの複合的な理由で、女性の褐色脂肪組織は男性よりも活発に働いていたのです。

女性の褐色脂肪組織のメカニズムに注目して研究を進めていけば、ゆくゆくは基礎代謝を向上させる医薬品や、肥満の予防法開発につながるかもしれません。さらに、女性(特に閉経していない女性)の方が同年代の男性に比べて糖尿病になりにくいという事実もあり、その理由解明にもなるでしょう。性差医療[用語3]への貢献も期待されます。

オス・メスで異なる褐色脂肪組織によるカロリー消費

オスのPGC-1αはミトコンドリアの構造に関与しない一方、メスのPGC-1αは大きく関わる。メスの場合、PGC-1αがミトコンドリアの熱産生の土台となる「櫛状のひだ」の生成(リン脂質合成)を担うことで熱産生を促す。これらの働きはエストロゲンと作用することで活性化される。

  • 「櫛状のひだ」はクリステと呼ばれている。
(左)オス・メスで異なる褐色脂肪組織によるカロリー消費 オス
(右)オス・メスで異なる褐色脂肪組織によるカロリー消費 メス

AIモデルで常識を覆す。次世代型の診療の実現に向けて

治療はさることながら、重症化を食い止めることも非常に重要です。特に2型糖尿病は、糖尿病予備群の段階であれば生活習慣の改善だけで発症を防ぐことができるため、早期発見が望ましいもの。しかし、自覚症状が現れにくく、診断には血液検査が必要であることから、発見が遅れるケースが少なくありませんでした。

そこで私の研究チームでは、簡単に糖尿病予備群かどうかを検知できる新たなAIモデル「DiaCardia(ダイアカルディア)」を構築しました。このAIモデルは心電図を読み取るだけで糖尿病予備群かどうかを自動で解析してくれます。ウェアラブル端末で取得した心電図でも解析できるポテンシャルを持っているため、将来は簡単な操作で診断が可能になることが期待されます。もちろん正確な診断には医療機関の受診が必要ですが、病気の兆しを素早く見つけることは有意義でしょう。社会実装を見込んで研究中です。

本モデルの構築は、AIや工学的知識を研究に役立てるという発想で生まれています。研究自体は東京医科歯科大学と東京工業大学の統合前から着手していたものですが、大学が統合して1年が経ち、分野の垣根がますますなくなってきていると感じます。医療とAI、工学など分野融合がさらに促進されるのではないでしょうか。

ウェアラブル端末による心電図測定のイメージ

端末を着用している手と反対の指で端末に触れて心電図を測定。将来的には、AIモデル「DiaCardia」を搭載したアプリをインストールしたウェアラブル端末で、誰でも簡単に糖尿病予備群の検出ができるようになることが期待される。

ウェアラブル端末による心電図測定のイメージ

“診療や研究には答えがないもの。考え続けた先のひらめきとメンバーの多様なアイデアが成果につながるのです”

臨床医、そして研究者として。2つの視点がつながる瞬間

治療がうまくいかない理由は何だろう、薬の効きが悪いのはなぜだろう。医者として抱く一つ一つの「なぜ」が研究の糸口であり、研究チームのメンバーが研究に取り組むモチベーションの1つです。毎日さまざまな疑問について思考を巡らせ、ふと見聞きしたことから課題解決の方法を思いついたり、関係ないと思っていた2つの事象が実は関連し合っていると分かったり、思わぬところで物事がつながる瞬間があります。準備のないところにひらめきはなく、医療や体にまつわる知識への貪欲さと疑問を放置しない研究チームのメンバーの姿勢とそのアイデアの集結が、独創的な研究成果を生み出すと信じています。メンバーそれぞれの自由な発想を大切に、多くの患者さんの健康につながる発見を成し遂げていきたいです。

用語説明

[用語1]
ミトコンドリア:ほとんど全ての細胞の中にある細胞小器官で、核DNAとは異なる独自のDNAを持つ。脂肪や糖を燃やして、細胞の生命活動に必要なエネルギー分子「ATP」を合成する。BATのミトコンドリアに選択的に存在するUCP-1は、ATP合成を切り離し(脱共役)、その過程でエネルギーを熱として放散する。
[用語2]
ミトコンドリアのリン脂質合成:ミトコンドリアは脂質からなる二重膜を持つ。ATPが合成される内側の膜はひだ構造をしており、リン脂質合成によってひだが増えることでATP合成の効率が向上する。
[用語3]
性差医療:医療において生物学的性差と社会的・文化的性差を考慮すること。男女で異なる疾患の発生率、症状の出方、薬の効き目などを考慮して、より的確な診断、治療、予防を目指す。

Our future research

国も注目する糖尿病研究を前進させ、健康な社会を実現する

糖尿病の予防と治療は、現在国を挙げて取り組んでいる分野です。内閣府は科学技術政策「ムーンショット目標※」の1つとして「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」を掲げており、がんや認知症と並んで糖尿病研究が推進されています。我々のチームもプロジェクトに参画しており、今回ご紹介した褐色脂肪組織の性差メカニズムに関する研究やAIモデル「DiaCardia」の構築はその一環です。糖尿病で苦しむ人を減らせるよう、まずは2050年のゴールを見据えて革新的な研究に取り組んでいきたいと思います。

  • ムーンショット目標…将来の社会課題を解決する10の目標からなり、「人々の幸福(Human Well-being)」の実現を目指す

プロフィール

山田哲也(Tetsuya Yamada)

大学院医歯学総合研究科 分子内分泌代謝学分野 教授

人物写真:山田哲也教授

2002年、山口大学大学院医学系研究科博士課程修了。2005年まで日本学術振興会特別研究員を経験し、その後は東北大学大学院医学系研究科で准教授を務める。2018年より東京医科歯科大学(現・東京科学大学)大学院医歯学総合研究科教授。東京科学大学病院糖尿病・内分泌・代謝内科科長。

取材日:2025年11月18日/湯島キャンパスにて

論文情報

掲載誌
Nature Communications
タイトル
Sex difference in BAT thermogenesis depends on PGC-1α–mediated phospholipid synthesis in mice
著者
Akira Takeuchi*, Kazutaka Tsujimoto*, Jun Aoki*, Kenji Ikeda, Nozomu Kono, Kuniyuki Kano, Yoshihiro Niitsu, Masato Horino, Kazunari Hara, Rei Okazaki, Ryo Kaneda, Masanori Murakami, Kumiko Shiba, Chikara Komiya, Junken Aoki, Tetsuya Yamada (*Correspondence)
掲載誌
Cardiovascular Diabetology
タイトル
Artificial Intelligence Identifies Individuals with Prediabetes Using Single-Lead Electrocardiograms
著者
Daisuke Koga, Ryo Kaneda, Chikara Komiya*, Satoshi Ohno, Akira Takeuchi, Kazunari Hara, Masato Horino, Jun Aoki, Rei Okazaki, Ryoko Ishii, Masanori Murakami, Kazutaka Tsujimoto, Kenji Ikeda, Hideki Katagiri, Hideyuki Shimizu*, Tetsuya Yamada (*Correspondence)

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