アンモニア分解の常識を変える新しい触媒

2026年4月24日 公開

反応の「最も難しい一歩」に挑んだ新戦略

どんな研究?

私たちの社会を支えてきた化学技術の一つに、ハーバー・ボッシュ法があります。これは、空気中の窒素(N2)と水素(H2)を反応させてアンモニア(NH3)をつくる技術で、肥料の生産などに欠かせません。

いま注目されているのは、その逆の反応です。ツンとした刺激臭をもつアンモニアを分解し、水素を取り出す技術です。アンモニアは水素をたくさん含み、液体として運びやすく、大量に貯蔵や輸送ができるのが大きな利点です。近年、水素はクリーンエネルギーとして注目されており、アンモニアはその「運び屋」として期待され、水素エネルギー社会の実現に向けた重要な鍵とされています。

しかし課題がありました。アンモニアから水素を効率よく取り出すには、窒素と水素の結合を外し、最後に触媒の表面から窒素が外れて窒素分子として外へ出ていく必要がありますが、触媒と窒素の結合を切断するには大きなエネルギーが必要です。これまで、ニッケルやコバルトなどの金属触媒を利用して反応を進める試みが行われてきましたが、水素を十分に取り出すには650℃以上の高温が必要でした。

学術誌 Journal of the American Chemical Society のカバーイラスト:本研究(Guo et al., 2026)が掲載された号の表紙に選ばれました。
Cover artwork by Masaaki Kitano. Courtesy of the American Chemical Society.

一方で、ルテニウムという高価な金属を使えば、より低い温度でも反応を進められますが、コストの面で課題が残ります。そこで東京科学大学(Science Tokyo)の北野政明(きたの・まさあき)教授は、安価な金属でも効率よく水素を取り出す方法がないかを考え、珪化バリウム(BaSi₂)という特殊な材料に注目しました。BaSi₂は、電子を放出しやすいバリウム(Ba)を持つため、窒素の再結合の壁を下げ、低温で効率よく水素を取り出せると考えたのです。

ここが重要

これまでの触媒化学では、「金属表面での反応をどのように速くするか」という発想が基本でした。そのため、金属表面の構造を制御して反応を促す研究が多く行われてきました。この研究の新しさは、その発想を逆転させ、「窒素同士が結びつく新しい活性点を作ること」に着目した点です。このステップこそが、反応の中で最も進みにくく、低温ではうまく進まない原因になっていたからです。

そこで研究チームは、窒素の結合反応が起こる場所に注目し、金属とBaSi₂の組み合わせを詳しく調べることにしました。その結果、金属とBaSi₂の境目で「金属―窒素―バリウム」が結びついた特別な状態が生まれることが明らかになりました(これは、専門的には「三元系遷移金属窒化物中間体」と呼ばれています)。この特別な状態が生まれると、窒素原子同士の結びつきに必要なエネルギーが大幅に低下することが、計算と実験の両面から明らかになりました。

そして、ニッケルを使った場合でも580℃でほぼ100%アンモニアを分解できることが実証されました。これは、高価なルテニウムを使った場合に匹敵する性能です。

今後の展望

この成果は、水素エネルギー社会に向けた大きな前進です。安価で豊富な元素を使って水素を取り出せるため、エネルギーの運搬や貯蔵がより現実的になります。

また、「材料の境目で反応が起こる」という新しい視点は、今後の触媒設計において大きなヒントになります。従来は、金属表面が反応の主役と考えられてきました。しかし本研究では、材料の境界で生まれる中間体こそが化学反応において重要であることを示しました。この独創的な視点は、触媒設計の常識を覆す一歩です。さまざまな組み合わせから、より低温で動く技術が生まれる可能性があります。

研究者のひとこと

アンモニアをつくる技術が社会を支えてきましたが、これからは取り出す技術も重要になります。BaSi₂は触媒としてこれまでほとんど注目されてこなかった材料ですが、私たちはその特異な電子構造に着目し、触媒としての可能性を見いだしました。常識にとらわれない発想が、新しい触媒設計の道を切り拓くと考えています。
(北野政明:東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 教授)

北野政明教授

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