常識をくつがえす、腸の再生のしくみ

2026年5月15日 公開

細胞の「若返り」が支える腸の再生メカニズム

どんな研究?

私たちの腸は、実はとても傷つきやすい場所です。食べ物や細菌、薬の影響を受けて、毎日のようにダメージを受けています。それでも腸がきちんと働き続けられるのは、傷んだ細胞と同じ働きをする新しい細胞を生み出す仕組みがあるからです。

新しい細胞は、幹細胞から生まれます。幹細胞は、さまざまな働きをする細胞を作り出す機能を担っています。たとえば腸の場合、内側には細かいヒダがあり、そのくぼみの奥に「Lgr5陽性幹細胞(CBC)」と呼ばれる幹細胞があります。CBCは、腸をかたちづくるあらゆる種類の細胞を生み出す源だと考えられてきました。

Barou abdennaser/Sutterstock.com

しかし、炎症や抗がん剤などで腸が大きなダメージを受けると、CBC自体が死滅したり減少したりします。そのような場合、腸の細胞には2つの現象が起きることが知られています。ひとつは、生き残ったCBCが、胎児の頃のような若い状態である復活幹細胞(revSC)に戻る現象、もうひとつは、すでに役割が決まって働いている細胞(たとえば栄養を吸収する腸上皮細胞)が幹細胞の代わりをする現象です。

実は、ここに大きな謎が残されていました。腸が再生するときに、これら2つの現象がどう関連しあっているのかが分からなかったのです。さらに、役割がすでに決まっている細胞が幹細胞の代わりになること自体は知られていましたが、その仕組みが全く分からなかったのです。これまでの生物学では、幹細胞から分化してしまった、たとえば腸上皮細胞のような細胞が、どのようにして幹細胞の機能を再び取り戻すのかわかっていなかったのです。

東京科学大学(Science Tokyo)の油井史郎(ゆい・しろう)准教授らの研究チームは、この「腸の再生の仕組みとそれぞれの関連性」、さらに「幹細胞の機能の復活」を解明する難問に挑みました。

ここが重要

研究チームは、最新の解析技術であるシングルセル解析(細胞1つ1つの遺伝子の働きを網羅的に調べる解析方法)などを駆使して、腸の再生プロセスを念入りに調べ、次のことを明らかにしました。

●双方向の変身: CBCとrevSCは、必要に応じてお互いに変身し合える
●腸上皮細胞もCBCやrevSCになれる: 腸上皮細胞は幹細胞の役割を持っていませんが、胎児の状態であるrevSCを経由することでCBCへと変わることが分かりました。CBCになると、腸のさまざまな細胞を再び生み出せるようになっても、もう不思議ではありません。つまり、胎児への「若返り」は、再生のための重要な入り口であることが明らかになりました。
●過酷な環境でも細胞が生き残るしくみ: revSCは炎症や抗がん剤などの強いストレスがかかっても耐性が強く、あえてこの状態に戻ることで幹細胞であるCBCを絶やさないよう守る機能を担っていることを突き止めました。
●がん化を経ない幹細胞化:これまで、幹細胞以外の細胞が幹細胞の機能を取り戻すことができるのは、がんのように細胞に異常な変化が起きた場合だけと考えられていました。しかし、本研究は、特殊なコラーゲン環境を使えば、胎児の状態を経て、幹細胞以外の細胞からでも「腸のミニチュア(オルガノイド)」ができることを世界で初めて示すことに成功しました。これは、幹細胞の定説を覆す大発見です。幹細胞を作ることができるのは幹細胞だけではなく、それ以外の細胞もrevSCを経ることで幹細胞になることができるのです。

これらの結果から、腸の再生は特定の幹細胞だけに頼るのではなく、細胞どうしが役割を入れ替えながら支え合う、これまでの常識にはなかった柔軟な仕組みであることが明確に示されました。細胞は一度決まった役割に縛られるのではなく、必要に応じてやり直す力を持っているのです。

今後の展望

この研究で得られた知見は、ダメージを受けた腸を効率よく修復する新しい再生促進医療や、がん細胞が持つストレス耐性(薬の効きにくさ)の謎を解き明かすヒントになることが期待されています。また、腸以外の臓器でも同じような「若返り」による再生が行われている可能性があり、生命のしなやかな強さを理解する重要な一歩となります。

研究者のひとこと

今回の発見は、腸の細胞がいかに柔軟で、過酷な環境下でも生き残るための高度な戦略を備えているかを示しています。またrevSCの研究は、臨床医学の発展にも欠かせない重要なテーマであると内科医師・消化器内科医師として考えています。胎児の状態に戻ることは、単なる退行ではなく、未来へつなぐための「攻めの守り」と言えます。この「細胞の逃げ道」の正体をさらに詳しく調べることで、病気で苦しむ人々に新しい光を届けたいと考えています。
(油井史郎:東京科学大学 国際医工共創研究院 再生医療研究センター 准教授 / 東京科学大学病院 消化器内科医師)

油井史郎准教授

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