どんな研究?
動物たちは、尿や涙などに含まれる様々なフェロモンを使って、仲間を見分けたり、求愛したり、縄張りを守ったりしています。これらのフェロモンは、鼻の奥にある鋤鼻器(じょびき)という器官で感知されます。しかし、フェロモンを感じ取る受容体の種類は動物ごとに異なり、共通するものはほとんどないと長年考えられていました。
そこで、東京科学大学の二階堂雅人准教授と廣田順二教授らの研究チームは、いろいろな脊椎動物のゲノムを調べてみました。すると2018年、驚くべき発見がありました。4億年前に出現したとされるシーラカンスや、両生類、爬虫類、さらにマウスなどの哺乳類に、ancV1Rという受容体の設計図(遺伝子)が共通して存在することを突き止めたのです。これまで動物ごとに違うと思われていた様々なフェロモン受容体の中に、なんと4億年もの間、共通して受け継がれてきたものがあったことは、まさに通説をくつがえす発見でした。
ここが重要
では、そのancV1Rは実際にどのような働きをしているのでしょうか?研究チームは、今回、その機能を確かめるためにancV1R遺伝子を持たないマウスを人工的に作り、その行動や神経の反応を観察しました。
すると、驚くような変化が見られました。メスのマウスはオスのマウスを「オス」として認識できなくなり、逃げたり拒絶したりする行動を示したのです。また、フェロモンを受け取る神経細胞の反応も弱くなり、フェロモンの感度が大きく下がっていることが分かりました。
これらの結果から、ancV1Rはフェロモンの存在をはっきりと感じ取るために欠かせない、いわば「においの増幅器」のような重要な働きをしていることが明らかになりました。つまり、マウスの社会行動に大きな影響を与えるフェロモンの受け取りを可能にする鍵が、ancV1Rであるとわかったのです。

今後の展望
この成果は、動物の社会的な行動とフェロモンの働きがどのように進化してきたかを解き明かす重要な手がかりとなります。将来的には、この知見を活かして、動物の繁殖行動を制御したり、絶滅危惧種の保護に役立てたりする技術への応用も考えられます。また、人間の社会行動の仕組みや、嗅覚による無意識の感情変化の理解にもつながる可能性があります。さらに、ancV1Rのような古代からの共通因子を探ることは、生命の普遍的な原理を知ることにもつながるのです。
研究者のひとこと
二階堂雅人准教授
ancV1Rは、動物たちの見えない会話を取り持っています。つまり、フェロモンという分子がコミュニケーションを支えているとも言えます。ancV1Rの発見には、私自身も驚きと感動を覚えました。これからも、生命の不思議を解き明かす研究を続けていきたいです。

廣田順二教授
4億年もの間、ancV1Rが多くの動物に受け継がれてきたことに深い驚きと興味を覚えました。生命進化の歴史を調べることで、生き物に共通する仕組みの奥深さをあらためて知ることができたと実感しています。

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