免疫の裏をかく赤痢菌:細胞の運命を操る細菌の巧妙な戦略とは

2026年1月27日 公開

感染症研究の最前線で明らかになった「三重の免疫回避メカニズム」

どんな研究?

赤痢は、激しい腹痛や下痢、血便を引き起こす感染症で、その原因となる赤痢菌は腸の細胞の中に侵入して増殖します。しかし、私たちの体には免疫システムがあり、外部から侵入してくる細菌などの異物に対抗することができます。にもかかわらず赤痢菌が病気を起こせるのは、赤痢菌が私たちの体に備わる免疫との攻防に勝ち残る能力を持っているからです。

私たちの免疫は、細菌などの病原体を見つけると炎症を起こしたり、感染した細胞を自ら死なせることで、病原体の拡散を防ぎます。このとき働くのが、アポトーシスやネクロトーシスといった、あらかじめ組み込まれた細胞死の仕組みです。これまでの研究から、赤痢菌は「3型分泌装置」と呼ばれる注射器のような仕組みを使い、「エフェクター」というタンパク質を細胞内に送り込み、免疫反応を巧みに妨害することが分かっていました。

Kateryna Kon/Shutterstock.com

ところが近年、免疫はさらに高度な仕組みを備えていることが明らかになってきました。免疫は、細菌そのものだけでなく、エフェクターによる「妨害行為」そのものを異常として感知し、強力に反撃するのです。この仕組みは「エフェクター誘発免疫」と呼ばれています。

免疫がここまで高度な仕組みを備えているにもかかわらず、なぜ赤痢菌は感染を成立させることができるのでしょうか。東京科学大学(Science Tokyo)の芦田浩(あしだ・ひろし)准教授と鈴木敏彦(すずき・としひこ)教授らの研究チームは、赤痢菌がこの免疫の最終防衛線をどのように突破しているのかを明らかにすることに挑みました。

ここが重要

芦田准教授らは、免疫の最終手段である「細胞死」の仕組みを、赤痢菌が三段階にわたって無力化していることを世界で初めて明らかにしました。

(1)まず赤痢菌は、エフェクターOspIを使って炎症反応を弱め、細胞内での増殖を助けます。しかしその作用によって細胞は異常を察知し、アポトーシスという細胞死を引き起こして、赤痢菌の侵入を許した細胞もろとも排除しようとします。
(2)そこで赤痢菌は、別のエフェクターOspC1を使って、細胞がアポトーシスに進むかどうかを判断する分子であるカスパーゼ8の働きを直接止めます。しかし、この操作が新たな警報となり、細胞はより激しい細胞死であるネクロプトーシスによって赤痢菌の侵入を食い止めしようとします。
(3)すると赤痢菌は、エフェクターOspD3を動員し、ネクロプトーシスのシグナルまで遮断します。こうして赤痢菌は、細胞の防御網を段階的に上書きしていきます。

一つの防御を突破すれば次の防御が作動し、それをさらに乗り越える。研究チームは、赤痢菌が免疫の仕組みを読み切りながら生き延びる、巧妙な戦略の全体像を描き出しました。

今後の展望

本研究は、赤痢菌が免疫をどのように読み取り、回避しているのかという仕組みを分子レベルで明らかにしました。エフェクターの働きを一つずつ理解することで、これまで見えなかった細菌側の弱点も明確になってきました。これらの知見は、赤痢に対する新しい治療薬の開発にとどまらず、他の細菌感染症の理解や対策にもつながると考えられます。

細菌と人の体が繰り広げる知恵比べを解き明かすことは、これから現れる未知の感染症に備えるためにも重要な基盤になっていくでしょう。

研究者のひとこと

細菌は肉眼では見えないほど小さいですが、驚くほど巧妙な戦略により感染を成立させます。その巧妙な戦略を解明することが、人を守る科学の第一歩だと考えています。
そして、生命の仕組みを深く知りたい人には、とてもやりがいのある研究分野だと思っています。
(芦田浩:東京科学大学 医歯学総合研究科 細菌感染制御学分野 准教授)
(鈴木敏彦:東京科学大学 医歯学総合研究科 細菌感染制御学分野 教授)

芦田浩准教授
鈴木敏彦教授

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