ナノの凸凹がつくる、新しい熱コントロール技術

2026年3月17日 公開

1,000倍以上速いナノ加工技術が、熱を利用する未来を拓く

どんな研究?

スマートフォンが熱くなることを思い出してみてください。この時、スマートフォンのチップの中では、電子が走り回り、ぶつかり、そのたびに原子が揺れ動きます。この揺れ、つまり原子の振動が、私たちが触って感じる熱の正体です。このような振動状態を「フォノン」と呼び、フォノンが伝わることで熱が伝わっていきます。

フォノンは数十ナノメートル(ナノメートル=1億分の1メートル)から数マイクロメートルの距離を進むため、そのスケールに合わせた構造をつくれば、熱を通しにくくしたり、一方向に流しやすくしたりできます。この20年、研究者たちはナノメートルサイズの構造を材料に刻むことで、熱の流れを細かく制御できることを明らかにしてきたのです。

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しかし最大の壁は、そのナノ構造のつくり方でした。ナノサイズの電子ビームを使う加工は高精細ですが、時間がかかりすぎて大面積には向きません。その他にもある従来の加工技術の場合、いくつものステップを踏む必要があり、研究の段階で可能性は示せても、社会で使える加工技術とすることに難しさがありました。

そこで東京科学大学(Science Tokyo)のキム・ビョンギ(Kim Byunggi)助教、伏信一慶(ふしのぶ・かずよし)教授らと、東京大学の野村政宏(のむら・まさひろ)教授らの研究チームは、「フェムト秒レーザー」(フェムト:1,000兆分の1)に着目しました。そして、レーザーを当てるだけで、材料の表面に規則正しいナノ構造を一気に刻む手法を構築することに挑戦しました。

ここが重要

キム助教らは、マスクも薬品も使わず、ワンステップでセンチメートル規模の面積にナノ構造を高速形成できることを初めて示しました。しかも、加工速度は従来の電子ビーム法に比べて1,000倍以上です。量産への道が一気に開けたと言っても過言ではありません。

では、この方法で実際に何ができるのでしょうか。研究チームは、半導体の代表格であるシリコンの薄い膜(シリコン薄膜)にこのナノ構造を刻みました。シリコンはスマートフォンやパソコンのチップに使われている、いわば電子機器の土台となる材料です。ナノ構造を形成したシリコンは、「熱の伝わりやすさ(熱伝導率)」が大きく変化しました。何も加工していない場合は 101 W/m/Kですが、ナノ構造を施すと 76 W/m/K まで低下し、熱伝導を抑制できました。

数字だけを見ると小さな差に見えるかもしれません。しかしこれは、これまでの理論では「ここまでは下がらない」と考えられていた限界を超える結果でした。

その理由は、ナノの模様そのものにあります。周期構造がほどこされたことによって、遠くまで進もうとするフォノンを止め、レーザー加工で生まれた細かな凹凸が進路をかき乱します。フォノンは思うように進めず、熱の流れは大きく弱められていたのです。

研究チームは加工条件を何度も見直し、試作と評価を繰り返しました。そして最終的に、量産可能で、熱制御性能を高める設計指針を確立したのです。

今後の展望

この技術は、未来のコンピュータを支える基盤になる可能性を秘めています。たとえば、わずかな熱のゆらぎが性能を左右する次世代の量子コンピュータでは、余計な熱をできるだけ抑えることが重要です。また、熱をそのまま電気に変えて再利用する技術や、膨大な計算を行うスーパーコンピュータの発熱対策にも役立つと期待されています。

さらに、この方法は、いま私たちのスマートフォンやパソコンに使われている半導体の製造技術と相性がよく、特別な設備を新しく用意しなくても応用できる可能性があります。基礎研究で生まれたアイデアが、実際の製品へと広がっていく橋渡しとなる技術です。

研究者のひとこと

ナノテクは、顕微鏡を使っても見えにくいほど小さな世界を操ることで、人間の想像力を試す道具となっています。その「想像力」を社会に役立つ技術にするためには、分野を横断したアプローチが重要です。

今回の研究も、熱を操るナノテクを社会に活かすために、別分野ですでに用いられていた加工手法を改良し、その有効性を検証したものです。

電子機器の急速な発展やエネルギー問題の深刻化が進む中で、多角的な視点からナノテクを活用した実用的な技術を提案していきたいと考えています。

(キム・ビョンギ:東京科学大学 工学院 機械系 助教)

キム・ビョンギ助教(左)と一緒に研究を進めた半間大基(はんま・ひろき)大学院生

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