創薬を支える材料開発に光 ― 新たな結晶スポンジAPF-80を開発

2025年12月19日 公開

ノーベル財団が注目した金属有機構造体(MOF)の利点を生かし弱点を克服

どんな研究?

コーヒーを飲むと頭がすっきりする。カレーのスパイスで体がぽかぽか温まる。こうした反応の裏側では、体の中で天然の化合物が働いています。人の体に作用する天然の化合物は、薬の成分やその開発のヒントになっており、医薬品の開発でもとても重要です。

そのような天然化合物の中でも、アルカロイドとして分類される多くの分子(たとえば、カフェインやニコチン、モルヒネなど)はとても複雑で、ほんの少ししか手に入らないこともしばしばです。アルカロイドが体にどのように作用するのかを知るには、分子を大きな結晶に育ててX線を当て、その構造を知ることが重要ですが、アルカロイドのような分子では、その結晶づくり自体が困難です。

Danijela Maksimovic/Shutterstock.com

この問題を解決したのが「結晶スポンジ法」です。つまりスポンジのように細かい穴が整然と並んでいる結晶の中に分子を取り込んで、穴の中で分子がどのように固定されているのかを観察する方法です。この「結晶スポンジ」として使われるのは、2025年のノーベル化学賞の受賞対象になった金属有機構造体(MOF)です。穴が格子状に整然と並ぶMOFはまさに結晶スポンジ法に適した材料です。しかし、アルカロイドなど反応性の高い分子を取り込むと、MOF自体が壊れてしまうという弱点がありました。

ここが重要

東京科学大学(Science Tokyo)の河野正規(かわの・まさき)教授と和田雄貴(わだ・ゆうき)助教を中心とする研究チームは、結晶スポンジ法の障害となっていた「MOFの壊れやすさ」という長年の課題を解決する、新しいMOFとしてAPF-80 をつくり出しました。

このAPF-80は、金属(コバルト)と有機分子からなるMOFです。研究チームは、従来のMOFよりも結晶そのものを強くできる有機分子を見つけて組み込みました。さらに、反応性の高い分子が入り込んでも結晶が壊れないよう、反応の起こりやすい場所を覆うような工夫を施しました。加えて、取り込んだ分子がMOFと協力して接着剤として働くような構造上の工夫も施しました。これらの改良によって、分子が結晶の中でぐらつかず、まるで写真を撮る前のようにピタリと静止してくれるようになりました。

この方法を使うと、これまでMOFの結晶が壊れてしまうようなカフェインやニコチン、胃薬の成分オメプラゾールなど、さまざまな化合物の立体構造を結晶の高い安定性のおかげで鮮明に見ることができました。また、これまで構造が決まっていなかった化合物を直接見て分子の形を明らかにすることにも成功しています。驚くことに、見た目がよく似たキニーネ(マラリア治療薬の成分)とキニジン(不整脈の治療薬の成分)という、そっくりな分子まで区別できるのです。まるで指紋を識別するかのように、分子のわずかな違いをとらえられるようになりました。

今後の展望

この技術が発展すれば、医薬品の研究は大きく進歩します。ほんのわずかな量の物質でも構造を調べられるため、天然物や新薬候補の分子を早く、正確に分析できるのです。また、APF-80のような「分子を包み込む結晶」は、薬だけでなく、香り成分や触媒、さらにはエネルギー材料など、さまざまな分野への応用が期待されています。

この成果は、これまで手の届かなかった分子の構造をより明確に描き出す新しい方法として、分子の世界に新たな可能性を大きく広げました。

研究者のひとこと

結晶スポンジは、これまで見るのが難しかった分子の世界に小さな「撮影スタジオ」をつくるようなものです。APF-80は、これまで観察ができなかった難しい分子でも、しっかりとピントを合わせて撮影できるようになりました。今後の研究により多くの化合物の構造を明らかにしていき様々な研究に貢献していきます。
(和田雄貴:東京科学大学 理学院 化学系 助教/テクモフ株式会社 ディレクター)


百聞は一見に如かず。その言葉を実現するのが結晶スポンジ法です。APF-80は、これまで解析できなかったような化合物を観察することが可能にしました。未来の創薬や材料研究を支える、力強い結晶ツールへと成長すると信じています。科学大発ベンチャーであるテクモフを通して社会実装の実現を目標に研究を進めています。
(河野正規:東京科学大学 理学院 化学系 教授/テクモフ株式会社 CSO)

今回のMOFを開発した研究メンバーの写真:河野教授(左端)、和田助教(右端)

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