膵臓がんの進行を促す酵素PAD2の働きを解明:がんに対する免疫を弱める仕組みを明らかに

2025年10月24日 公開

PAD2が膵臓がんの増殖と免疫回避を促すことを発見

どんな研究?

膵臓がん(以下、膵がん)は発見が難しく、見つかったときにはすでに進行していることが多いがんです。進行したがんは手術や薬の効果が限られるため、膵がんは「治りにくいがん」とされています。なぜ膵がんがこれほど手ごわいのか、その理由を探る研究が進められてきました。

これまでの研究では、PAD(ペプチジルアルギニンデイミナーゼ)という酵素とがんの進行との関係が注目されてきました。PADにはいくつかのタイプがありますが、膵がんでは特に「PAD2」が多く産生されます。しかし、膵がんにおいてPAD2がどのように働くのか、その仕組みはこれまでよくわかっていませんでした。

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ここが重要

東京科学大学(Science Tokyo)の田中真二(たなか・しんじ)教授を中心とする研究チームは、膵がんの患者さんの検体を調べ、PAD2が強く産生される腫瘍を持つ患者さんの予後が悪いことに気づきました。腫瘍とは、細胞が本来の増殖制御を失い、過剰に増え続けてできた組織のかたまりのことです。良性のものは広がりませんが、悪性のものは周囲に侵入したり転移したりして「がん」と呼ばれます。

通常は細胞質にとどまるPAD2ですが、膵がんではPAD2はがん細胞内で核に入りこみ、DNAを巻き付けているヒストンに働きかけて、がん細胞の増殖を促す遺伝子の働きを活発化させていました。PAD2は遺伝子の働き方(スイッチのON/OFF)を調節する仕組みとして知られる「エピゲノム」を変化させることで、膵がん細胞の増殖や悪性化の促進に働くことがわかりました。さらにがんの進行を手助けする「M2型マクロファージ」という悪玉免疫細胞を腫瘍内に呼び寄せていました。つまり、PAD2ががんと闘う正常な免疫の働きを弱める手助けしていたのです。

実際にマウスを使った実験でPAD2の働きを抑えると、M2型マクロファージの集まりも減少し、腫瘍の成長が抑えられました。つまりPAD2は、がん細胞を強くし腫瘍の増大を助けるだけでなく、がんに味方する悪玉免疫細胞まで操るという「二重の悪役」であることが明らかになりました。

今後の展望

この発見は、膵がんの診断や治療に新しい道を開きます。PAD2やその働きによって産生されるタンパク質、M2型マクロファージなどは、患者さんごとの予後を予測するバイオマーカーとして役立つかもしれません。

また、PAD2を狙った阻害剤は、膵がんの新しい治療薬になる可能性があります。さらに抗がん剤や免疫療法との併用によって、これまで治りにくいとされてきた膵がんに対抗する道が開けることも大いに見込まれます。

研究者のひとこと

膵がんはとても厳しい病気ですが、わたしたちはPAD2という酵素ががんの進行を促進する仕組みを明らかにしました。がんの発生、進行にはさまざまなエピゲノム異常が関わっており、腫瘍組織や血液などを用いてそれらの異常を調べることは、早期発見や予後予測といったがん診断への応用につながります。

さらに近年ではエピゲノムを標的とした治療薬の開発も世界中で進んでおり、将来的にはエピゲノムを制御することで遺伝子のスイッチを調節し、がんを抑える新たな治療法としての可能性が期待されています。

PAD2は膵がんで活発化するエピゲノム修飾酵素であり、その働きを詳しく理解することは、新しい診断・治療法の開発と膵がん克服への大きな一歩になると信じています。

(田中真二:東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 教授)

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