どんな研究?
パソコンの裏側を触るとじんわり熱い。これは、パソコンが計算や通信のために使ったエネルギーの一部が、熱となって外へ逃げているからです。こうした廃熱にはまだ利用できるエネルギーがたくさん残っています。そこで、このような廃熱を電気に変えて再利用する技術がエネルギーハーベスティングです。
従来のエネルギーハーベスティング技術は、古典的な熱力学の枠組みに沿って開発されてきました。古典的熱力学では、「熱源は熱平衡状態にある(温度が均一になり、熱の移動がほとんど起きない安定した状態)」と仮定されます。しかし、廃熱が熱平衡状態に近づくほど、再利用できるエネルギーが少なくなり、電気として取り出せる分も減ってしまいます。
そこで研究者たちが注目してきたのが、熱平衡に落ち着かない特殊な量子状態である「非熱的状態」です。レーザーで温度分布を制御した原子や、コヒーレント原子集団(多くの原子が同じリズムでそろって振る舞う特別な状態)など、非熱的状態はさまざまに実現されてきました。しかし、多くは非熱的状態の形成に精密な制御が必要で、実用的なエネルギー回収への応用は容易ではありませんでした。
近年、その有力候補として注目されてきたのが朝永・ラッティンジャー(TL)液体です。TL液体とは、電子が細い通路に押し込められ、互いに強く影響し合いながら集団として動く特別な状態を指します。個々の電子がばらばらに振る舞うというより、電子がまとまって流れる様子が液体に似ているため、この名前がついています。TL液体では、電子のエネルギーが熱平衡に落ち着きにくく、非熱的状態が自然に現れます。そのため、エネルギー回収に使えるのではないかと期待されていましたが、それが本当に熱電変換に有利なのかは、分かっていませんでした。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の藤澤利正(ふじさわ・としまさ)教授らの研究チームは、この疑問に対して世界で初めて明確な実証結果を示しました。研究チームは、TL液体に自然に生じる非熱的状態(NT状態)を利用した小型のエネルギーハーベスティング装置を試作し、熱を電気に変える性能を熱平衡状態に近い状態(QT状態)と比較しました。
その結果、同じ量の熱を与えたとき、NT状態で生み出される電圧はQT状態の約2〜3倍になりました。さらに、熱から電気へ変換効率も、NT状態の方が一貫して高いことが確認されました。
なぜNT状態が有利なのかを理解する鍵は、電子のエネルギーの並び方にあります。解析の結果、NT状態では電子が乱雑さ(エントロピー)を保ったまま、エネルギーの高い集団と低い集団が同居するような分布を示すことが分かりました。言い換えると、熱平衡のように一様に落ち着くのではなく、高いエネルギーを持つ電子が目立つ形で残るため、電気として取り出しやすくなる、と考えられます。
今後の展望
この成果は、廃熱を電気に変える技術を大きく前進させます。具体的には、工場やデータセンターでの大規模排熱回収、小型電子機器の自己給電、きわめて低温の環境での省エネ技術、他の量子システムや積分可能系への応用など、多方面への展開が期待されます。また、非熱的状態の“高エネルギー側”を選んで取り出すエネルギーフィルタの設計を工夫することで、高出力化の可能性もあります。加えて、この考え方は他の量子系や、熱平衡に緩和しにくいさまざまな物質系へ応用できると見込まれます。
研究者のひとこと
量子の世界で自然に生まれる「 非熱状態」の熱効率が良いと信じて実験をしてきましたが、それを実証することは思ったより大変でした。身の回りで失われている熱が、量子の力によって再び役に立つ日が本当に近づいていると感じています。
(藤澤利正:東京科学大学 理学院 物理学系 教授)
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