どんな研究?
静かな湖面に雨粒が落ちることで生まれる波紋、そしてあちらこちらに落ちる雨粒それぞれが生み出す波紋同士が重なり合いながら伝わっていく様子は、量子コンピューターが情報を扱うイメージの一つです。
量子コンピューターは、これまでのコンピューターが扱う「0か1」のデジタルデータではなく、「0でもあり1でもある」という両方がまざった中間の状態の情報を扱います。この量子状態は波のように振る舞い、重なって強め合ったり、打ち消し合ったりします。この性質を利用した計算では、正しい答えにつながる状態は強められ、間違った状態は弱められます。
この波どうしの干渉のおかげで、量子コンピューターは多くの答え候補を一度にふるい分けることができるのです。我々が使っているコンピューターは、1つ1つの答えの候補を1つ1つ確かめて判断するために計算に時間がかかります。しかし、量子コンピューターは一度に答えのふるい分けができるので、何百年もかかるような計算を一瞬で解いてしまう夢の計算機と言われるのです。
重要なのは、量子コンピューターの演算で「0でもあり1でもある」という状態を保つことができるかどうかです。この状態はほんの小さな刺激で壊れてしまう極めてデリケートなものです。温度のわずかなゆれや、周りの機械が出す弱い電磁ノイズやわずかな振動などのちょっとした環境の変化で、簡単に計算が乱れてしまいます。そこで必要になるのが、「量子誤り訂正」という基盤技術です。ノイズによって情報に生じた間違い(エラー)を検出して誤りを修復するのです。
長年、多くの量子誤り訂正法が生み出されてきましたが、どの方法にも「これ以上は正確にできない」という限界がありました。本来は理論的に「ここまでできるはず」という究極の限界(ハッシング限界)があるのですが、従来の方法はそのレベルにまったく近づけませんでした。そのため、大規模な量子コンピューターを動かすために必要な高い正確さを実現できず、実用化に向けた大きな壁になっていたのです。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の笠井健太(かさい・けんた)准教授らは、誤り訂正の理論的限界(ハッシング限界)に極めて近くなる、新しい量子誤り訂正法を見出しました。
従来の量子コンピューターの設計には、情報が途中で演算の間違いを引き起こしてしまう設計上の欠陥がありました。そのせいで、どんなに条件がよくてもエラーが必ず残ってしまっていたのです。研究チームは、このエラーを解消できる新しい仕組みを開発して、量子コンピューターの計算の正確さを理論上の限界まで限りなく近づけることに成功しました。
この新しい仕組みと、新しく開発した量子誤りの訂正法の大きな特徴は速さです。従来の直し方では、エラーを直すための計算に手間がかかり、大きな規模の量子コンピューターには使えませんでした。しかし、新しい手法では、コンピューターの部品の数がいくら増えても、エラーを直すための計算にかかる時間がほとんど増えません。「究極の正確さ」と「超高速な計算効率」を両立したことで、大規模で実用的な量子コンピューター実現を阻む大きな壁を取り除いたのです。
今後の展望
この成果は、量子コンピューターの実用化を一気に近づけます。これまで、数百万のキュービット(量子ビット)を扱う大規模な量子計算は夢のような話だと思われてきました。しかし今回の研究で、その夢が手の届くところに来たのです。
この技術が確立すれば、大規模な量子コンピューター実現への大きな障害が一つ取り除かれます。薬の開発やより安全な暗号通信、気候予測など、社会の根幹を支える分野で量子技術が活躍できる未来が、いっそう現実味を帯びてきます。
研究者のひとこと
研究をしていると、誤り訂正符号さんの声が聞こえてくるようになります。「本来の性能はこんなものじゃないよ」「なんでここを治してくれないの?」と訴えてくるのです。その声を聞き逃さないようにして、少しずつ良くしてあげています。
未来の技術や社会をつくる原動力は、いまこの文章を読んでいるみなさんの好奇心です。
周りが良いと言うからではなく、「自分はこれが好きだ」と思える道をぜひ信じて、自由に挑戦してみてください。
(笠井健太:東京科学大学 工学院 情報通信系 准教授)
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