未来の畜産を支えるスマート技術の効果的導入への挑戦

2024年12月17日 公開

日本の課題を乗り越える変革戦略を導くためのモデルを構築

どんな研究?

世界的な人口増加などに伴い、食肉、乳製品、卵など畜産物の需要が急激に高まっています。この状況に対応するには、食料供給の安定を図りつつ、環境負荷を最小限に抑えた持続可能な畜産システムをつくる必要があります。そのため、自動搾乳システムや動物の健康をモニタリングする技術など、「スマート畜産技術」に注目が集まっています。これらの技術を導入すれば、適切な量の餌を決まった時間に与えることができたり、自動搾乳が可能になったりするなど、生産者の負担の軽減につながります。また、近年重要視されている「アニマルウェルフェア(動物福祉)」の観点から、飼育環境や家畜の健康状態を改善させることにも貢献すると考えられています。しかし、日本の畜産業ではスマート技術の導入がなかなか進んでいません。

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その原因には日本特有の課題が潜んでいます。たとえば、日本では小規模な家族経営が主流であり、各農場の規模や運営スタイルに応じたニーズが多様化しています。この多様化したニーズに適合する技術開発や導入が難しい状況です。また、農業従事者の高齢化や人口減少が進む中で、労働力が減少し、現場の負担が増大しています。その結果、生産者が新しい技術を導入する余裕を持ちにくいという現状があります。

こうした背景を踏まえ、環境・社会理工学院の大橋匠准教授らの研究チームは、日本の畜産業におけるスマート技術採用の決定プロセスをモデル化しました。そして、このモデルを使い、技術を効果的に普及する戦略課題を探りました。

ここが重要

モデル構築にあたり、大橋准教授らは国内外の畜産技術に関する文献を幅広く調査するとともに、牛、豚、鶏の畜産に関わる専門家10名にインタビューを実施しました。そして、それらのデータを精密に分析し、技術導入への意思決定プロセスにおける要素を10個の主要カテゴリーに分類しました。
その結果、スマート畜産技術導入は単純な経済的決定で実施されるものではなく、もっと複雑な要素が絡み合って進むことが明らかになりました。例えば、家族経営の畜産生産者においては、保守的な経営志向と革新的な経営志向との間に緊張関係が存在し、それが新規技術の採用やその進展に大きな影響を与えていることが示されました。また、生産者のデジタルリテラシーが技術導入に大きく影響を与えていることも明らかになりました。

今後の展望

スマート畜産技術採用の決定プロセスがモデル化されたことによって、政策立案、技術開発、農業教育などの分野で解決すべき課題を浮き彫りにすることができます。これにより、畜産業界全体の将来像を描くうえで、より効果的な変革戦略を立てることが可能になります。最終的には、日本の畜産業の国際競争力向上にも貢献すると期待されます。

研究者のひとこと

スマート畜産技術は、未来の畜産業を形作る鍵のひとつだと思っています。しかし、生産者の価値観、政策、アニマルウェルフェアへの配慮など様々な要因が複雑に絡みあっているために、技術の導入は容易ではありません。それでも、この技術がもたらす可能性は、生産性の向上にとどまらず、生産者、動物、そして環境が調和した持続可能な未来を切り開くものだと信じています。これらの課題を一つずつ乗り越えながら、新しい可能性を模索し、畜産業の新たな展望を広げていきたいと思っています。

大橋匠准教授

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