どんな研究?
私たちの体には10万種類以上ものタンパク質が存在し、生命の活動や維持に必要不可欠な役割を果たしています。その中には、特定の分子が結合すると、化学反応を進めたり、物質を運んだり、他のタンパク質とくっついたりするタンパク質があります。このように、ある分子に出会うと、これらのタンパク質はまるでスイッチが入ったかのように働き始めますが、同時に、私たちの目には見えないミクロなレベルでは、タンパク質のかたちが変化しています。
研究者たちは、分子が結合することでタンパク質のかたちが変化するというこの性質を利用して、人工的な「タンパク質スイッチ」を数多く開発し、生命現象の理解や病気の治療に役立てようとしてきました。しかし、タンパク質はそれぞれ決まった相手と結合するため、スイッチをオンにできる分子が限られてしまうという制約がありました。
この制約を乗り越える手がかりとして注目されたのが抗体です。抗体は、ウイルスや病原菌の目印となる抗原と結合するタンパク質で、狙った分子だけをピンポイントで見分ける「分子の探知機」として働きます。しかも、目的とする分子に合わせて新たにつくることもできるため、タンパク質スイッチの入力を受ける部分に抗体を使えば、いろいろな分子でスイッチをオンにできるようになります。一方で、抗体が分子を見分けたという情報を、酵素などのタンパク質が担う光を出す、色を変える、物質を作り出すといった出力にうまくつなげるためには複雑な設計や時間のかかる試行錯誤が必要で、これが実用化の大きな壁となっていました。
ここが重要
そこで、東京科学大学(Science Tokyo)の北口哲也(きたぐち・てつや)准教授と安田貴信(やすだ・たかのぶ)助教らの研究チームは、「トラップ&リリース」という新たな仕組みを取り入れたタンパク質スイッチ「Switchbody(スイッチボディ)」を開発しました。今回つくられたSwitchbodyは、抗体が受け取った情報を青色の発光という形で出力できます。
この出力を担うのは2つのパーツに分割できる光る酵素です。もちろん、2つに分けたら光を出すことはありません。Switchbodyでは、抗体が片方のパーツを捕まえて(トラップして)います。抗原がやってくると、抗体は捕まえていたパーツを手放して(リリースして)抗原と結合するのです。そして、リリースされたパーツは、もう片方のパーツと組み合わさって、光を出すという仕組みです。
北口准教授らは、このトラップ&リリースの仕組みについてX線やNMR(分子の構造や動きを調べる方法)、分子シミュレーションなどを用いて詳しく調べ、スイッチがどのような仕組みでオンになるのかを明らかにしました。抗体どうしは基本的な形がよく似ているため、この仕組みは別の抗体に入れ替えても同じように使うことができます。また、捕まえさせる酵素のパーツを変えることで、光を出すだけでなく、他にもさまざまな働きをもたせることができます。このように、目的に応じてSwitchbodyを簡単に設計できるようになったのです。
今後の展望
この技術は、病気の原因物質を高感度で見つける新しい診断法や、細胞の働きを狙って操作する研究ツールとして活躍が期待されます。さらに将来は、病気の目印がある場所だけで薬を放出する、副作用の少ない治療法につながる可能性もあります。
研究者のひとこと
近年、タンパク質のかたちや働きを予測する技術が急速に進歩しています。こうした技術をSwitchbodyの設計に反映させることで、思い通りの働きをもつタンパク質を自分たちでつくることができるようになります。これは「生きているとはどういうことか」を理解するだけでなく、生命はどうやって生まれたのかを考える手がかりにもなります。さらに将来的には、生命の仕組みを一から組み立てる「生命をつくる」研究へと発展させ、ただ観察するだけでなく、仕組みを理解し、自分で設計してつくるところまで挑戦していきたいと考えています。
(北口哲也:東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 准教授)
この研究をもっと詳しく知るには
お問い合わせ先
研究支援窓口