どんな研究?
燃やしても水しか出さない水素発電は、究極のクリーンエネルギーといわれています。しかし、その発電に必要な水素をどう安全に貯めるかには大きな課題でした。高圧タンクに水素をぎゅっと詰め込んだり、-253℃以下の極低温で水素を液体にすれば、小さな体積に沢山の水素を貯められますが、高圧ガスや極低温の液体の取り扱いには注意が必要です。何より水素は可燃性のガスです。水素貯蔵の難しさは研究者たちを悩ませてきました。
そこで注目されているのが、水素を固体の中に閉じ込めて貯蔵する方法です。実はその歴史は古く、1960年代には水素を貯蔵・放出できる水素吸蔵合金の研究が始まり、1980年代になると、水素をイオンとして電気で出し入れする仕組みも提案されました。しかし、水素を貯蔵する金属を300℃以上の高温にする必要があったり、貯蔵と放出を繰り返すと金属が劣化したり、多くの問題点を抱えていました。近年、常温で働く水素貯蔵材料も報告されましたが、水素を貯めたり取り出したりすることが難しく、反応が途中で止まってしまうなどの課題があり、実用化にはほど遠い状況でした。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の菅野了次(かんの・りょうじ)特命教授、松井直喜(まつい・なおき)助教、廣瀬隆(ひろせ・たかし)博士研究員(現同大学助教)らの研究チームは、水素貯蔵技術の課題を一気に解決する新しい固体電解質「Ba₀.₅Ca₀.₃₅Na₀.₁₅H₁.₈₅」を開発しました。この物質の中では、水素がH⁻(ヒドリドイオン:電子を1つ余分に持ったマイナスの水素)として室温でも移動しやすいのが特徴です。
分子の動きをシミュレーションすると、固体電解質の結晶の中にある金属原子のすき間(四面体や八面体の空洞)をH⁻が三次元的に動き回ることがわかりました。イオンがこれほど自由に動ける構造はめずらしく、これが高い電導性を生み出しています。
研究チームは、この固体電解質をマグネシウム(Mg)と組み合わせ、電流を流して水素イオンを動かし、Mg中に送り込みました。さらに、電流の向きを反転させることでMgへ水素イオンを「入れる」「取り出す」を自由に切り替えられることを確かめました。まさに、金属が水素を受け入れる扉を開く役割を果たしているのです。
研究チームが試作した水素貯蔵デバイスは、90℃でMgの重さの7.7%に相当する水素を貯めることに成功しました。これは、従来は300℃以上の温度でなければ実現できなかった性能で、従来の3分の1以下の温度で実現できたことを意味します。さらに低い60℃ほどの温度で、理論上の最大値の84%以上の水素を何度もくり返し貯蔵し取り出すことにも成功しました。つまり、充電して使えるタイプの安全な水素貯蔵装置ができることを、世界で初めて実証したのです。
今後の展望
この技術は、水素と電気エネルギーを安全かつ効率的に貯蔵し、必要な時に取り出すための新しい水素貯蔵デバイスの基盤となります。エネルギーキャリアとして水素を利用する効率的なシステムの実現に大きく貢献することが期待されています。
安全で高効率な水素貯蔵・発電システムが実現すれば、家庭や工場でのエネルギー管理、再生可能エネルギーの余剰電力の活用など、社会全体の仕組みを変えることも夢ではありません。
研究者のひとこと
水素社会の実現には、水素を安全に貯めて自由に使う技術が欠かせません。今回の成果は、その未来への第一歩です。まだ改良の余地はありますが、「電気で貯める水素」が当たり前になる日をめざして研究を続けています。
(松井直喜:東京科学大学 総合研究院 全固体電池研究センター 助教)
この研究をもっと詳しく知るには
お問い合わせ先
研究支援窓口